面白かったです!タイトルだけ見たら、ロマンチックな恋愛小説かと思うじゃないですか。
アル中の男性の話なんですね。実は。
フィクション小説の体裁をとっていますが、実際は、中島らも氏本人の体験に基づいた、実話に近い物語だそうです。
主人公の小島容(こじま いるる)は、作家という設定。
彼は、酒を飲み過ぎて、アル中で緊急入院。
個性的な医師や同室の患者たちと、入院生活を送ることになります。
新聞社のアルバイトから、ライターとして事務所を構えることができた点では、彼は、成功者と言えるでしょう。
しかし、彼は自分が書きたいと思う推理小説が書けず、自身の中の空虚を感じています。
物語全体に流れる空虚感。求めても求めても得られない【何か】を求めて、彼の心は乾いています。
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若き日の主人公の描写がありますが、ずいぶんと奔放に暮らしていたようです。
親友の天童寺との出会いのシーンでは、その日暮らしの危うさと、世の中の重たさから切り離された軽やかさも感じて、読んでいて、危なっかしいけど面白い。
当時、彼と一緒にいた若者は、みんなドラッグ中毒者かアル中。
問題児ばかりのはずなのに、どこか仲間思いでほほえましくもある。
一昔前の、学生運動の雰囲気を感じました。
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小島容の脳裏をかすめる、呪文のような予言が、彼を縛っています。
それは、【35歳で死ぬ】というもの。
3人の人間から、お前は35歳で死ぬ、と予言され、そのことが、彼をより自暴自棄に駆り立てています。
また、親友の天童寺も早くして事故で亡くなり、生きながらにして、彼は自身の死の影をずっと感じているのでした。
軽い希死念慮といえるかもしれません。
ですから、彼は、明日に希望を持っていないのです。
どうせ、自分はもうすぐ死ぬから。
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彼の【死】を、より身近に感じさせる存在として、同室の患者の福来益三の存在があります。
福来は、アル中患者としては、主人公よりも症状が重く、アル中の先輩といえる立場の男です。
自身のアル中を治療することは、まったく求めていません。
飲みたい酒を飲まずして、それで生き延びて一体何の価値があるのか?
健康な未来を手に入れるために、今を我慢することをよしとしない彼の生き方。
作中、福来の肝臓の写真を見るシーンがあり、もう長くないだろうと思われます。
もともと虚無的な思いを持つ主人公は、福来の考え方に、かなりぐらつきました。
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そして、主人公を見守る人間がふたりいます。
ひとりは、自身の事務所の事務をしている女性、天童寺さやか。
親友天童寺の妹で、主人公が立ち直るキーパーソンのひとりです。
また、主治医の赤河。彼は皮肉めいた言い方をしつつも、主人公の回復を願っています。
主人公が入院中に再飲酒してしまった時には、怒りをあらわにし、現実を突きつける役目を担いました。
赤河が怒りを覚えたのは、主人公が再飲酒してしまったことだけが原因ではなく、難病を患う綾瀬少年を助けられなかった自責の念もあったのです。
生きようとする綾瀬少年が死ななければならず、刹那的な生き方をし、自分を大切にしないアル中の主人公が生きている。
このどうしようもない現実に、赤河は怒りを覚えたのでした。
このふたりとの関わりが主人公にはプラスになったように思います。
福来の刹那的なアル中への誘いを断ち切れたのは、まだ、彼が孤独ではなかったからかもしれません。
実は、私はアル中の父を介護していました。
すでに亡くなりましたが、アル中患者の家族として、この作品を興味深く読むことができたのです。
家族としては、アル中を患う父への怒りと、愛情。どちらもが密接に絡み合う、複雑な思いがしたものです。
作中の天童寺さやかは、主人公にビンタを喰らわせ、ストレートな怒りを表現していましたが、彼女の怒りも、読み進めていくうち、主人公だけへの怒りではないことがわかります。
アル中は、身近な病気です。
本人が一番つらいですが、支える家族も被害を被ることがあります。
暴力をふるうタイプのアル中などは、典型的な例です。
アルコールというのは、ドラッグの一種なんだなと、アル中の話を聞くたびに、しみじみ、そう感じます。
どうか、楽しいお酒を心がけてくださいね。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
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